EUの女帝、フォン・デア・ライエンは救世主か独裁者か?

ヨーロッパ 政治

ヨーロッパの未来を左右する一人の女性がいます。
その名は、ウルズラ・フォン・デア・ライエン。現在、欧州連合(EU)の行政執行機関である「欧州委員会」のトップとして、再び5年の任期を担うことが決定しました。

彼女はこれまで、環境政策、デジタル政策、ロシア対応、ウクライナ支援など、EUの中核を担う数々の重大な課題に立ち向かってきました。そして今、世界が大きく揺れる中、彼女の判断一つがEUだけでなく、世界全体の動向に影響を及ぼしかねない状況にあります。

本記事では、彼女の経歴から欧州委員長に就任した背景、これまでの実績と今後の焦点、そして欧州委員長というポジションの正当性や責任の所在について、分かりやすくまとめていきます。


異色の経歴を持つ「欧州の顔」

フォン・デア・ライエン氏は1958年にベルギー・ブリュッセルで生まれました。父親はEUの前身機関である欧州委員会の高官であり、後にドイツ・ニーダーザクセン州の首相も務めた人物です。彼女は政治的・国際的な環境で育ち、複数言語を操るグローバルな感覚を身につけました。

大学では経済学から医学へと進路を変更し、医師としてのキャリアを積んだのち、1990年代後半から本格的に政治の世界に足を踏み入れました。2005年にはメルケル政権下で連邦家族大臣に就任し、その後、労働・社会問題大臣、そしてドイツ初の女性国防相へと昇りつめました。

こうした多様な経験が、彼女を「調整型リーダー」としてEUのトップに押し上げたのです。


欧州委員長に選ばれた“裏側”

2019年の欧州議会選挙後、本来であれば選挙結果に基づく「スピッツェンカンディダート」制度によって、事前に公表された主要政党の候補者が委員長に選ばれるはずでした。しかし、EU加盟国首脳の間で合意が得られず、妥協案として急浮上したのがフォン・デア・ライエン氏でした。

このプロセスは欧州市民にとっては不透明なものであり、「国民に選ばれていないリーダー」として批判を受けました。欧州議会での信任投票もわずか9票差で可決されるなど、就任当初からその正当性には疑問が残されていたのです。


実績:理想主義か、現実主義か

就任後、フォン・デア・ライエン氏は「欧州グリーンディール」を掲げ、2050年までにEUを気候中立にするという野心的な政策を打ち出しました。再生可能エネルギーの推進や炭素国境調整措置(CBAM)は、環境と経済を統合する新しいEU像の象徴ともいえます。

また、コロナ禍ではEU域内でのワクチン調達を主導し、復興基金「NextGenerationEU」の創設にも大きく関与しました。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻に対しては迅速な制裁措置と支援を打ち出し、欧州全体の対ロ戦略をリードしています。

これらの取り組みは一見すると理想的ですが、その反面、環境政策による産業界の負担増や、エネルギー価格の高騰、加盟国間の意見対立など、現実的な負の側面も露呈しています。


現在のEUが直面する課題

フォン・デア・ライエン委員長の再任が決まった今、EUは新たな難題に直面しています。

まず、米国でトランプ大統領が再登場したことで、EUと米国の通商関係は再び緊張状態にあります。関税交渉、NATO分担金、安全保障の見直しなど、欧州が自立を模索する局面です。

ロシアの脅威も依然として続いており、ウクライナの支援と復興、EUの防衛力強化が急務です。また、移民政策に関しては加盟国間の対立が深まり、社会的統合の難しさも顕在化しています。

さらに、汚職問題や制度的透明性の欠如といった内部的な課題もEUの信頼性を揺るがしています。


欧州委員長という職の責任と限界

欧州委員長は強大な影響力を持ちながらも、直接選挙によって選ばれていないという構造的な弱点があります。また、政策が失敗した場合も、内閣のようにすぐに退任するわけではありません。議会による不信任決議には3分の2の賛成が必要で、政治的な責任追及は現実的に困難です。

この制度設計の中で、理念や正義感を前面に出した政策が展開されやすく、結果として現実とのズレが生じ、市民の不満につながっているのが現状です。


未来を左右する5年が始まる

フォン・デア・ライエン氏が再び舵を取るこれからの5年間は、EUにとって運命を分ける期間となるでしょう。

理想と現実、理念と市民の暮らし、そのバランスをどうとっていくのか。環境、経済、安全保障という複雑に絡み合う課題に対し、EUが一枚岩となれるかどうかは、委員長としての彼女の調整力と政治的手腕にかかっています。

EUの将来が「統合と繁栄」の道を歩むのか、「分裂と停滞」の道へと進むのか――その鍵を握るのが、この一人のリーダーであることに間違いはありません。


今後もEUの「中の仕組み」を追い続けます

本ブログでは、今後もEUの制度的な仕組みや各国の政治動向、そして表に出にくい問題点などを取り上げ、わかりやすく発信していきます。
複雑なヨーロッパ政治を、あなたの視点で読み解く一助となれば幸いです。

ぜひ今後の記事にもご期待ください。

参考にした主な情報・出典

  1. 欧州委員会公式ページ(European Commission)
  2. European Parliament – Ursula von der Leyen elected Commission President
  3. Reuters – EU considers trade retaliation to Trump tariffs
  4. Financial Times – EU rethinks defence autonomy amid U.S. shifts
  5. AP News – EU corruption investigation
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