ドイツでは近年、「ドイツのための選択肢(AfD)」という極右政党が急速に支持を拡大しています。第二次世界大戦後のドイツでは、極端なナショナリズムは歴史的な背景から公然と語ることが難しく、「ドイツ第一(Deutschland zuerst)」のようなスローガンは、すぐにナチスや独裁政治と結びつけられる傾向にあります。しかし、現代のドイツ社会においては、EUの主権制限、移民問題、経済格差といった問題に対する不満が高まり、それに対抗する勢力としてAfDが支持を拡大しています。
1. ドイツにおける「MAGA」の困難性
アメリカの「MAGA(Make America Great Again)」運動は、トランプ前大統領を象徴するスローガンとして知られ、ナショナリズムや反グローバリズムの潮流を代表するものです。しかし、ドイツではこのような運動が広く受け入れられることは難しいです。その理由は、ドイツが過去に経験したナチズムと独裁の歴史にあります。
第二次世界大戦後、ドイツは戦争責任を明確に認め、ナチス的な思想の復活を防ぐための法整備を進めてきました。ナチスのシンボルやヒトラーの賞賛は法律で禁止されており、「ナショナリズムを前面に押し出すこと」は政治的なリスクを伴います。このため、ドイツでは「自国第一主義(Deutschland zuerst)」のようなスローガンを掲げることが、即座に極右との関連性を指摘される傾向があります。
また、戦後のドイツは、EUの統合プロジェクトの中核国としての役割を担ってきました。フランスや他のEU加盟国との協調を重視し、統一されたヨーロッパを築くことがドイツの外交方針の一貫した戦略でした。そのため、「EUからの主権回復」を主張すること自体が、ドイツの政治文化において異端視されやすいのです。
2. AfDが支持を拡大する理由
しかし、近年ではEUの規制や移民政策に対する反発が高まり、AfDのような勢力が勢いを増しています。その背景には、いくつかの要因があります。
(1) EUの主権制限への不満
EUは統一市場と共通政策を推進するため、加盟国に対して様々な規制を課しています。ドイツはEUのリーダー的存在でありながらも、国内産業の規制や移民受け入れに関してEUの方針に従わなければならない状況が続いています。これに対して、「ドイツの主権を取り戻すべき」という考え方が徐々に広がっています。
AfDはこの主権問題を巧みに利用し、「EUの介入なしに、ドイツは独自の政策を決めるべきだ」と主張しています。特に、EUの環境規制やエネルギー政策がドイツ産業に与える影響について批判を強めています。
(2) 移民政策への反発
ドイツは2015年の難民危機以降、多くの移民を受け入れてきました。メルケル前首相の「寛容な移民政策」は、一部の市民には歓迎されましたが、特に中小都市や労働者階級の間では強い反発を招きました。AfDは、「移民がドイツの文化と経済を破壊している」と主張し、反移民政策を前面に押し出しています。
特に、犯罪率の上昇や社会保障費の増加が移民政策の負の側面として取り上げられ、AfDの支持を強める要因となっています。多文化主義に対する反感が高まる中で、「ドイツ文化を守る」というスローガンが支持を集めています。
3. 旧東ドイツでの支持率の高さとその背景
興味深いのは、AfDの支持が特に旧東ドイツ地域で高いことです。一般的に、旧東ドイツの人々はソ連の支配を受けていた歴史があるため、ロシア(ソ連)に対して嫌悪感を抱く傾向があります。しかし、親ロシア色の強いAfDが旧東ドイツで支持を集めるのはなぜでしょうか。
(1) 経済的不満と社会的格差
東西ドイツ統一後、旧西ドイツ地域の経済は成長を遂げましたが、旧東ドイツ地域は長らく経済的な低迷が続きました。賃金格差や雇用機会の少なさから、旧東ドイツの住民の間では「自分たちは取り残された」という感情が強いです。
(2) 反エリート感情
旧東ドイツの人々は、ベルリンやブリュッセルのエリート政治に対する不信感を持っています。AfDは「国民の声を代弁する政党」として、自らをエリート層への対抗勢力と位置づけており、このメッセージが旧東ドイツの有権者に響いています。
(3) ロシアとの関係に対する複雑な感情
旧東ドイツでは、ソ連による支配を嫌う人々がいる一方で、「ソ連時代の方が安定していた」と感じる人々もいます。AfDの「ドイツはアメリカの言いなりになるべきではない」「エネルギー政策でロシアと協力すべきだ」といった主張は、一部の旧東ドイツの有権者にとっては魅力的に映ります。
4. 今後のドイツとEUへの影響
AfDの台頭は、ドイツ国内だけでなく、EU全体にも大きな影響を与える可能性があります。ドイツがEUの主要国であるため、AfDの勢力が拡大すれば、EUの統合政策にブレーキがかかる可能性があります。
現在の欧州は、移民政策、エネルギー政策、ウクライナ戦争など、多くの課題に直面しています。ドイツがナショナリズムの方向へシフトすれば、フランスや他のEU諸国との関係にも緊張が生じるでしょう。また、フランスやイタリアでも右派政党の台頭が進んでおり、これらの動きがEUの政策決定に大きな影響を与える可能性があります。場合によっては、EUの仕組みそのものが大きく変わることも考えられます。
今後のドイツ政治の動向は、EUの未来にも直結するため、AfDや他の右派政党の動きには引き続き注目が必要です。
参考サイト
1. AfDの支持拡大に関する記事
- Deutsche Welle: „Warum die AfD in Deutschland an Unterstützung gewinnt“
→ AfDの支持率が上昇している要因を分析し、特に東ドイツでの支持の理由について詳しく説明しています。
2. 旧東ドイツでのAfDの人気に関する記事
- The Guardian: „Why is the far right gaining support in eastern Germany?“
→ 旧東ドイツ地域でのAfDの支持が高い理由を、経済格差や社会的な不満の視点から解説しています。
3. EUとナショナリズムの関係
- Politico Europe: „How far-right parties are reshaping European politics“
→ フランスやイタリアを含む欧州全体での極右・ナショナリスト政党の動きについてまとめた記事です。
4. EU主権問題とドイツの影響
- Euractiv: „Germany’s role in the future of the EU“
→ ドイツがEU内で果たす役割と、今後のEUの方向性について解説しています。