第2回:デフレを望む国家──なぜ日本はインフレを恐れるのか?

日本経済

インフレを起こせなかったのではなく、“起こさなかった”という仮説


はじめに:なぜ日本はインフレにならなかったのか?

アベノミクス、日銀の異次元緩和、マイナス金利政策――
2010年代、日本は世界でも類を見ない規模の金融緩和を実施しました。
にもかかわらず、インフレ率は目標の2%に届かず、賃金も物価も停滞したままの状態が続きました。

この状況を私たちは「政策の失敗」や「デフレマインドの定着」と説明しがちです。
しかし、もしこれが**「失敗」ではなく、国家の意図した戦略だったとしたら?**

日本は、インフレを“起こせなかった”のではなく、“起こさなかった”のではないか?

本稿では、日本という国家がなぜインフレを避けてきたのかを明らかにしていきます。


1. インフレを起こすには何が必要か?

まず、インフレを持続的に起こすには以下の3つの条件が必要です:

  1. 十分な貨幣供給(金融政策)
  2. 政府支出による需要創出(歳出政策)
  3. 将来にわたる物価上昇の期待(国民心理)

日本はこのうち「1」には積極的に取り組みました。
日銀は大量の国債を購入し、マネーを供給し続けました。しかし、それでもインフレは起きなかった。

その原因は、残る「2」と「3」が意図的に抑え込まれていたことにあります。


2. 国家はなぜインフレを避けるのか?

インフレは経済を活性化させる一方で、次のような副作用を伴います:

  • 年金・預貯金の実質価値が下がる
  • 社会保障費・公務員給与などの予算が膨張する
  • 財政規律が崩れる
  • 政治的・社会的混乱を招く恐れがある

つまり、インフレは**「成長のための推進力」であると同時に、「秩序破壊の火種」**でもあるのです。

国家が守ろうとしているのは、「成長」よりも「秩序」です。
そのため、インフレは体制側にとって望ましいものではないという前提があるのです。


3. インフレ回避の“責任者”は誰か?──政策構造の再整理

インフレを制御する政策は、大きく以下の3つに分けられます。

領域内容担当機関
① 金融政策貨幣供給量の調整日本銀行(独立機関)
② 歳出政策政府支出の拡大・抑制財務省・内閣
③ 歳入政策税制(特に消費税)の設計財務省・国会

日銀は独立機関であり、理論上は政府からの指示を受けません。
実際、黒田総裁のもとでの異次元緩和は、「1」については実行されたと見てよいでしょう。

しかし、「2」と「3」――つまり財政政策(歳出と歳入)は完全に政府と財務省の管轄です。
そこで日本は次のような政策を繰り返しました。

  • 積極財政は行わず、公共投資や社会支出は抑制傾向
  • 二度の消費税増税(2014年・2019年)を実施し、景気に冷や水を浴びせた

つまり、

インフレを抑え、経済成長を鈍らせた主因は、財務省と政治家の選択にある

これは制度上も、実際の政策履歴からも明白な事実です。


4. 財政政策でインフレの芽を摘んだ事例

  • 2013年~2014年:アベノミクス初期の景気回復
     → 2014年4月に消費税を8%へ引き上げ → 景気急減速
  • 2017年~2019年:企業収益と雇用が回復傾向
     → 2019年10月に消費税10% → 実質賃金・消費ともにマイナスへ

これらは、せっかく芽生えた回復の機運を財政面から抑制した典型例です。


5. 社会に根付く「インフレ恐怖症」の構造

政策だけでなく、社会全体にもインフレを恐れる“空気”があります。

  • 高齢者:年金や預貯金が目減りすることへの不安
  • メディア:過去のハイパーインフレを強調し、借金と財政破綻を煽る
  • 学者・エコノミスト:緊縮的な財政規律論が主流

これらが国民心理を構築し、政治家が「成長より安定」を選び続ける理由にもなっています。


6. 海外との比較:なぜ他国はインフレに向かえたのか?

🇺🇸 アメリカ

  • コロナ禍で大規模財政出動(GDP比25%)
  • その結果、インフレが起きても実質所得は上昇
  • 成長と金融引き締めのバランスを柔軟に取る戦略

🇩🇪 ドイツ

  • 価格安定文化はあるが、必要な財政投資は積極的
  • エネルギー・軍事・IT分野での国家主導投資が進行中

🇯🇵 日本

  • 消費税増税を優先
  • 経済成長より財政健全化を強調
  • 企業も内部留保を優先し、投資と賃上げに消極的

7. 本当に「起こせなかった」のか?

ここまでの事実をふまえれば、こう考える方が自然ではないでしょうか。

インフレは「起きなかった」のではなく、「起こされなかった」

それは、制度、構造、国民心理、あらゆる側面において、**「インフレ=悪」**という前提が根づいていたからです。

そして、それを制度的に支えてきたのは、財務省と、それに従ってきた政治家たちです。


おわりに:デフレを望む国家に未来はあるか?

デフレは、見かけ上は「安定」かもしれません。
でもその裏では、若者の賃金は上がらず、企業の挑戦は止まり、国全体の活力がじわじわと失われています。

もしこのまま「インフレを拒む国家」のままであり続ければ、
私たちは気づかぬうちに、世界の成長から完全に取り残されることになるでしょう。

この連載では、引き続きその構造を明らかにしていきます。


次回予告

🧠 第3回:国家を支配するのは誰か──財務省の正体と力学
予算と制度を握り、「国家の財布」を通じて政策の方向性を決定する財務省。その本当の力と、誰も逆らえない構造に迫ります。

この記事を書いた人
ひろ部長

海外で働きながら、経済・政治・宗教を中心に情報を発信しています。現在はフランスを拠点に、ヨーロッパ各国の政治制度や社会の動向を分析し、データベースのように体系的にまとめることを目指しています。

このブログでは、ニュースの表面的な報道にとどまらず、歴史的背景や各国の制度的な違いに着目し、独自の視点で解説します。特に欧州政治に関心がある方や、海外のリアルな情報を知りたい方に役立つ内容をお届けします。

また、記事を動画にも展開し、YouTubeでも発信予定です。読者の皆さんと一緒に、世界の動きを深く理解できる場を作っていければと思います。

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