ヨーロッパ各国で極右勢力が勢いを増す中、オランダでも政治の右傾化が顕著に進んでいます。2023年11月の総選挙では、反イスラム・反移民・EU懐疑を掲げる自由党(PVV)が第一党に躍進し、2024年には初めて政権に加わりました。
しかし、この新政権は非常に特殊な構造を持っています。PVVが主導しながらも、首相には党外の無所属官僚が就任し、連立4党による政権が成立したのです。この記事では、そうした異例の政権構造を丁寧に解説しつつ、オランダで極右勢力が拡大してきた背景、そして2027年に向けて政権がさらに強化される可能性について考察いたします。
第1章:PVVの歴史的勝利と異例の政権誕生
自由党(PVV)は2006年にヘルト・ウィルダース氏によって設立されました。イスラム教批判や移民制限、EU懐疑といった過激な主張により、これまで政権参加は困難とされてきましたが、2023年の総選挙では得票率23.5%・37議席を獲得し、第一党に躍進しました。
とはいえ、オランダは比例代表制の多党制国家であり、第一党となっても単独で政権を担うことはできません。そのため、PVVは自由民主国民党(VVD)、新社会契約(NSC)、農民市民運動(BBB)との間で連立交渉を行い、88議席(150議席中)という安定多数を形成しました。
ただし、PVV党首のウィルダース氏が首相になることには他党が強く反発したため、政治的中立性のある人物として、無所属のディック・スホーフ氏が首相に指名されました。このように「第一党の党首が首相にならない」というのは、オランダ政治においても極めて異例の出来事です。
第2章:無所属首相ディック・スホーフ氏とは
スホーフ氏は1957年生まれの元官僚で、移民局長、国家テロ対策調整官(NCTV)、情報機関AIVD長官、司法省次官などを歴任してきた人物です。彼はかつて労働党(PvdA)に所属していましたが、2021年に離党して以降は無所属を貫いています。
政界における知名度はそれほど高くありませんでしたが、政党間のバランスを取る調整役として、その中立的立場が評価されました。党派性を持たないこと、行政経験が豊富であることが評価され、首相就任が決まりました。
こうした「テクノクラート型」の首相が誕生したことで、価値観の異なる右派政党が連携を維持できている点は、オランダ政治の柔軟性を象徴しているとも言えるでしょう。
第3章:オランダで右派政党が伸長している背景
オランダにおける右傾化の背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
① 移民・難民政策への反発
オランダは長年にわたり、移民に寛容な姿勢を取ってきました。しかし、住宅不足や医療制度の逼迫、治安の問題などが浮上し、国民の間では移民政策への不満が高まっていました。とりわけ、イスラム系移民の増加に対する文化的な違和感が、ウィルダース氏の主張と結びつき、多くの支持を集める要因となりました。
② 環境規制への反発
EUの環境政策に従い、オランダ政府は「窒素排出量の大幅削減」政策を打ち出しました。しかし、これは農業大国オランダにとっては痛手となり、農民や地方住民の大きな反発を招きました。農民市民運動(BBB)はその不満を吸収し、右派連立の一角を担うに至ります。
③ 中間層の不安と文化保守主義の復権
都市部と地方の格差、教育・医療・福祉への不満が蓄積する中、中間層の一部は「伝統的価値観」や「ナショナル・アイデンティティ」に回帰するようになりました。PVVは「オランダ第一主義」や「文化的同化」の重要性を訴え、こうした有権者層をうまく取り込みました。
第4章:現政権の安定性と課題
スホーフ内閣は88議席という安定多数を下院で有していますが、その内実は一枚岩とは言いがたい状況です。
新社会契約(NSC)の創設者であるピーテル・オムツィフト氏が2025年4月に政界引退を表明したことで、政権の基盤には揺らぎが生じています。また、上院では連立与党が過半数を持っておらず、法案の可決には野党の協力が必要です。
政策面でも、PVVが掲げていた過激な提案――たとえばコーランの禁止、モスクの閉鎖、国際条約からの離脱など――は、連立他党の反対により実現していません。このため、期待していた支持者層からは「生ぬるい」との批判も出ており、政権支持率は2024年発足時の37%から、2025年3月時点では16%にまで低下しています。
第5章:2027年の選挙が鍵を握る
オランダ政治の今後を占う上で、2027年は重要な分岐点となります。州議会選挙とそれに基づく上院選挙、そして下院選挙が順次実施される予定です。
もしPVVを中心とする右派連立政権が、これらの選挙で上院・下院ともに過半数を制するようなことになれば、現在は抑制されている急進的な政策が一気に実行に移される可能性があります。
たとえば、難民受け入れの大幅削減、移民制限、EUとの対決的姿勢の強化、教育・メディアの改革、宗教的シンボルへの制限など、欧州全体に波紋を呼ぶ政策が現実化しかねません。
一方で、国際的な孤立や法的な抵抗も予想されるため、実行には多くの調整が必要とされるでしょう。
おわりに:オランダにおける「極右政権」の意味
オランダでは、ウィルダース氏のPVVが初めて政権に加わるという歴史的転換が起きました。しかし、党首本人が首相にならず、無所属の官僚が首相となるという構造は、極右政権の中でも極めて穏健であり、妥協と調整によって成り立っています。
この「現実主義的ポピュリズム」が、国民の支持を再び得て2027年により強固な体制を築けるのか、それとも政権内部の矛盾が露呈して分裂を招くのか。オランダは今、右派政治の可能性と限界を示す最前線に立っているのです。
📚 参考サイトと補足情報
① Wikipedia – 2023年オランダ総選挙(英語)
- 選挙結果の政党別議席数、得票率、背景の詳細が記載されています。
- PVVの議席躍進と、他党との連立構成に関する情報が充実しています。
② DutchNews.nl – スホーフ首相任命・支持率動向
- ディック・スホーフ氏のプロフィール、無所属首相としての起用背景、政権発足当初の支持率(37%)からの低下(16%)の推移について報道。
- 与党支持者からの失望感にも言及されています。
③ AP通信 – オランダ極右政権と移民政策
- PVV主導による移民・難民制限政策の具体的内容(家族再統合の制限、シリアを「安全な国」と認定)などが掲載されています。
- EUとの対立や法的課題にも触れられています。
④ The Times – スホーフ首相の人物像
- スホーフ氏の行政官僚としての経歴(情報機関AIVD長官、NCTV)や、その「微笑みの殺し屋」という異名に関するエピソードが紹介されています。
⑤ All About Expats – PVV政策マニフェスト
- PVVの最新マニフェスト内容(イスラムに関する政策、EUへのスタンス、開発援助の削減方針など)が詳細に掲載されています。