【1】アメリカの構造転換がもたらす「ドル不足」という逆説
2025年、トランプ大統領の復帰と共に再始動したアメリカ政権は、貿易赤字の是正と国内生産の回帰という目標を掲げています。これは国内経済の健全化を目指す政策に見えますが、実はその裏側で、世界経済全体に大きな影響を与える「ドル不足」のリスクを伴う構造転換でもあります。
戦後、アメリカは長らく世界にドルを供給する「基軸通貨国」としての立場を維持してきました。アメリカが輸入超過=貿易赤字であることが、世界にドルを流す前提条件となっていたのです。ところが、トランプ政権はこの構造に真っ向から切り込み、「貿易黒字化」へと舵を切っています。これは、世界に供給されるドルが減少し、国際取引や外貨準備に使うドルが不足する「ドル飢餓」を引き起こす可能性があるのです。
【2】“赤字モデル”から“サービス型ドル覇権”へ
こうしたドル不足リスクを見越したうえで、トランプ大統領と財務長官ベッセントが打ち出しているのが、新たなドルの循環モデルです。彼らは「赤字を通じてドルを流通させる」従来の手法から、「アメリカの強みをサービスとして提供し、世界が自発的にドルを使う」構造への転換を目指しています。
その柱となるのが、アメリカが支配的地位を持つ軍事・IT・AI・金融サービスの4大分野。これらを輸出することで、世界がドルを必要とし、ドルを買い求める状況を再構築しようとしているのです。
【3】軍事とITを組み合わせた“安全保障サービス”の再設計
まず軍事分野。アメリカはNATOや同盟国を通じて、これまでも世界の安全保障を担ってきましたが、今後は単なる同盟関係ではなく、「安全保障を提供するビジネスモデル」への転換が進むとみられています。
具体的には、AI統合型レーダー、自律型ドローン、AIによる指揮支援システムなど、ITとAIを融合させた最先端の防衛技術をセットで提供し、「アメリカからでなければ得られない安全保障」を商品化していく戦略です。これにより、防衛装備や関連システムを導入するにはドルでの取引が必須となり、ドル需要が維持されます。
【4】AIと金融が支える「避けられないドル」の構築
AI分野では、OpenAIやGoogle DeepMind、NVIDIAなどアメリカ企業が世界をリードしています。AIの進化が経済活動だけでなく、国家運営や安全保障にまで影響を及ぼす中で、アメリカのAI技術にアクセスするにはドルを使うしかないという現実が生まれつつあります。
また、金融分野でもアメリカは依然として世界最大の資本市場を持ち、ドル建て取引を規範として制裁措置を拡大することで、「ドルを使う=アメリカのルールに従う」構図をより強固にしています。金融サービス、保険、投資銀行、ブロックチェーン決済などを通じて、アメリカの金融ネットワークに属することが、国際社会の「安心」となっているのです。
【5】2年以内に成果を示せるか:時間との戦い
ただし、この構想には大きなハードルがあります。それが中間選挙というタイムリミットです。
2026年の中間選挙で議会の主導権を維持できなければ、これらの構想は頓挫しかねません。そのため、トランプ政権は2年以内に目に見える成功例――工場の再稼働、軍事装備の受注、AI技術の輸出契約など――を意図的に演出し、国民や市場に「成果」と「未来」を実感させる必要があります。
この戦略は、単なる経済政策というよりも、政治・外交・軍事・技術を横断する物語の演出ともいえるでしょう。
【6】欧州との関係修復が成否を左右する
この戦略の成否には、EUとの関係も重要なファクターです。トランプ政権への不信感を持つ欧州諸国は少なくなく、「アメリカは本当に信頼できるパートナーなのか」という疑念が根強く残っています。
こうした不信感を払拭するには、単なる武器の提供ではなく、安全保障+技術+インフラ+エネルギーのパッケージ型提案を通じて「米欧の相互利益」を提示することが求められます。アメリカが“サービスとしての軍事”を販売し直すには、欧州の政治・経済的信頼を取り戻すための新しい説得材料が不可欠です。
【7】新しい覇権構造への歴史的挑戦
今、アメリカは「赤字でドルを供給する」時代から、「付加価値でドルを使わせる」時代への転換点にいます。その挑戦は、軍事、AI、IT、金融といった分野において、世界がドルから逃れられない状況を作り出すことにあります。
その鍵を握るのは、時間(中間選挙までの2年間)と信頼(同盟国との関係再構築)。この2つを同時に勝ち取ることができるかどうかが、未来のドル覇権、そしてアメリカの世界的地位を左右することになるでしょう。
参考サイト
- U.S. Treasury Reports
https://home.treasury.gov/ - Council on Foreign Relations (CFR)
https://www.cfr.org/
– 特に「The Dollar’s Role in the World」や「U.S. Global Economic Strategy」関連レポート - Brookings Institution
https://www.brookings.edu/
– 国際経済部門の「Geopolitics and the Dollar」シリーズ - International Monetary Fund (IMF)
https://www.imf.org/
– 「World Economic Outlook」や「IMF Blog」などでドルと世界経済の関係に言及 - Foreign Affairs(雑誌)
https://www.foreignaffairs.com/
– トランプ政権の対外戦略やドル体制に関する論考が豊富 - Nikkei Asia/日経ビジネス(日本語)
– トランプ政権や米中対立、ドルの動向を日本語で広くカバー