近年、EU(欧州連合)が進める「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」が世界中で注目を集めています。気候変動対策の名の下、輸入品にも炭素排出コストを課すという革新的な取り組みですが、それは単なる環境政策にとどまらず、国際貿易や産業競争力にも大きな影響を与える可能性を秘めています。
本記事では、CBAMとは何か、なぜEUがそれを先行導入したのか、そして世界各国がどのように炭素クレジットや排出量取引制度(ETS)に取り組んでいるのかを整理しつつ、CBAM推進の功罪について掘り下げていきます。
🔍 CBAMとは?EUが進める「炭素の国境税」
CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism)は、EUが2023年10月から導入を開始した炭素価格調整制度です。
対象となるのは鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、水素、電力などの炭素排出量が多い輸入品。これらをEUに輸出する企業は、製品の製造時に発生したCO₂排出量に応じて「CBAM証書」を購入し、EU域内で課されている炭素コストと公平になるよう調整されます。
CBAMの本格的な課金開始は2026年から。これにより、EU内外での炭素排出に価格的な平等を実現し、カーボンリーケージ(高排出国への生産移転)を防ぐのが目的です。
🌍 各国のカーボンプライシング制度の現状
CBAMの背景には、EU自身が2005年から導入しているEU ETS(排出量取引制度)の存在があります。これは企業に排出枠を割り当て、市場でCO₂排出量を取引させる制度であり、EU内では炭素価格が実際に経済活動に影響を与えるまでになっています。
では、EU以外の国々ではどうでしょうか?CBAMに直接関わる「炭素価格」の制度は各国で以下のように整備・検討されています。
🇺🇸 アメリカ:連邦では未整備、州レベルで先行
- カリフォルニア州や東部諸州での排出取引制度(Cap-and-Trade)あり
- 連邦レベルではETSやCBAMのような制度は未導入
- 民主党主導でCBAM類似法案(Clean Competition Actなど)の提案があったが、議会通過には至らず
🇬🇧 イギリス:2027年のCBAM導入を予定
- EU離脱後も自国ETSを運用
- 2023年末、独自のCBAM導入方針を発表(対象は鉄鋼・セメント・水素など)
🇨🇦 カナダ:全国炭素税とETSを併用、CBAM検討中
- 全国的な炭素税を導入済み(2024年にはトンあたり80カナダドル)
- 国内産業保護のため、CBAM導入の可能性を模索中
🇰🇷 韓国:アジアで最も進んだETS
- 2015年にK-ETS導入、現在は第3フェーズ(2021〜2025年)
- 発電・産業部門の大企業が義務的に参加
- EUとの制度連携も視野に入れている
🇯🇵 日本:ETSは試行段階、CBAMは未導入
- 2023年から「GX-ETS(試行的排出量取引制度)」を開始
- 東京都・埼玉県では地域ETSが存在するが、全国制度は整備中
- CBAMについては、制度導入ではなく、むしろ「EUからの影響にどう対応するか」が現状の焦点
⚖️ CBAMの「功」と「罪」
✅ 【功】グローバルな脱炭素化の触媒に
CBAMは、気候変動への「ただ乗り」を許さないメッセージでもあります。
炭素排出を減らす努力をしている企業や国にとって、努力が報われる仕組みとなり、世界中に「炭素価格を導入せよ」という圧力をかけることになります。
実際に、イギリスが追随を表明し、アメリカやカナダも検討を始めているのは、EUのCBAM導入が契機になっているといえるでしょう。
❌ 【罪】経済的な孤立や競争力低下のリスクも
しかし、CBAMはEUだけが先行して導入するにはリスクが大きい制度でもあります。
- 他国が追随しなければ、EU企業が炭素価格を負担し続ける一方で、輸出市場では価格競争力を失う
- CBAMによって輸入品の価格が上昇し、インフレ圧力や消費者負担の増加にもつながる
- 発展途上国にとっては「新たな貿易障壁」となりかねず、国際的な軋轢(WTO論争含む)の火種にも
つまり、CBAMは世界が一緒に動くなら効果的ですが、EU単独で進めば逆風になる可能性を常に内包しています。
🔮 今後の注目点と日本の立ち位置
CBAMやETSは、気候変動対策の手段であると同時に、「経済構造の再設計」を意味します。
今後、世界的なカーボンプライシング制度が広がるかどうかは、各国の政権交代・産業界の対応・国民の理解などに大きく左右されるでしょう。
特に日本は、エネルギー供給の多くを化石燃料に依存し、自動車・鉄鋼などCO₂多排出型産業を抱える国です。
そのため、EUのように炭素価格を急激に引き上げれば、国際競争力を損なうリスクもあります。
よって日本にとって重要なのは、
「脱炭素のグローバルな流れを見極めつつ、自国の経済と技術力を活かして最適な対応を選ぶこと」
です。
たとえば:
- 再生可能エネルギーの導入拡大で電力のCO₂強度を下げる
- EVや水素車の普及によって輸送部門を脱炭素化
- グリーンスチールや炭素回収技術(CCUS)などの技術開発に注力
- ETSやカーボンクレジット制度を段階的・現実的に整備していく
このようにして、環境と経済のバランスを取るアプローチが今の日本には求められているといえるでしょう。
✍️ まとめ
CBAMは、EUが気候変動対策を国境の外まで広げようとする先進的な試みです。
世界が足並みをそろえて脱炭素を進めていくきっかけとなる可能性を持つ一方で、他国の追随が得られなければEU自身の産業競争力を損ねかねない諸刃の剣でもあります。
このようなグローバルな気候政策の行方を注視しつつ、日本は経済競争力を維持しながら、持続可能な形で脱炭素を推進する戦略が求められます。
今後も、炭素価格、ETS、再エネ政策といったテーマに注目していく必要があります。
📚 参考にした主な情報源と補足コメント
1. 欧州委員会公式サイト – CBAM説明ページ
補足:CBAMの制度概要・導入スケジュール・対象品目など公式情報が確認できます。特に移行期間(2023〜2025年)と正式導入(2026年〜)の違いが明確です。
2. 環境省|2022年度 温室効果ガス排出・吸収量(確報値)
補足:日本における産業・運輸・電力部門のCO₂排出割合や、電気・熱配分前後の数値比較に基づく解説に活用しています。
3. 世界銀行|State and Trends of Carbon Pricing 2023
補足:世界各国(特にカナダ、韓国、アメリカ州レベル)でのカーボンプライシングの導入状況が一覧で掲載されており、比較に便利です。
4. 英国政府(Gov.uk)|UK Carbon Border Adjustment Mechanism
補足:イギリスが2027年導入予定のCBAMに関する発表。EUと類似の対象品目を採用予定です。
5. 米国議会法案(Clean Competition Act)概要
補足:アメリカで提出されたCBAM類似法案のひとつ。成立には至っていませんが、今後の参考に重要です。