2024年、欧州連合(EU)は中国製のバッテリー式電気自動車(BEV)に対して追加関税を導入する決定を下しました。この措置は、中国政府によるEVメーカーへの補助金がEU市場における競争を歪めているという認識に基づいています。
しかしこの決定にあたって、EU加盟27か国の判断は大きく割れました。本記事では、追加関税導入の背景を解説するとともに、各国の投票行動とその背後にある戦略的な判断を詳しくご紹介し、今後のEUと中国の関係性の変化に注目します。
なぜ追加関税?EUの懸念と対応
EUが追加関税を導入した主な理由は以下の通りです。
- 不公正な補助金への対抗
中国政府の補助金政策によって、中国製EVが不当に低価格でEU市場に流入しているとされ、公正な競争条件を回復する必要がありました。 - 雇用と産業保護
EUの自動車産業は域内の雇用と経済成長の柱であり、急増する中国EV輸入に対し対応が求められました。 - 米国との足並みと地政学的対抗
米国が中国製EVに対して100%以上の高関税を課すなど、国際的なデカップリングが進むなか、EUも対応を迫られました。
関税は2024年11月から最大5年間適用され、中国EVメーカー各社には異なる税率が課されます。たとえばBYDには17.4%、吉利汽車に20%、国有企業のSAICには38.1%が適用されました。
EU加盟27か国の投票結果──全リストと背景
この関税導入を巡って、2024年10月に行われたEU理事会での採決では、以下のような結果となりました。
賛成(10か国)
- フランス:自国産業保護を最優先。ステランティスなど国内メーカーを中国製EVの競争から守るため積極的に支持。
- イタリア:フランスと足並みを揃え、自動車部門の保護を重視。
- ポーランド:地政学的に対中警戒を強めており、EUの結束重視。
- オランダ、デンマーク、アイルランド:自由貿易重視ながらも、公正な競争を確保するため支持。
- バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア):安全保障上の観点からも対中警戒を支持。
- ブルガリア:東欧の中では珍しく賛成に回り、EU内連帯を優先。
反対(5か国)
- ドイツ:中国は最大の自動車市場。BMWやVWは中国での生産比率も高く、報復措置を警戒。
- ハンガリー:BYDやCATLなど中国の大型投資を誘致しており、関税導入は経済戦略と矛盾。
- スロバキア、スロベニア:自動車産業が主要産業であり、関税がもたらすコスト上昇を懸念。
- マルタ:貿易依存度が高く、中国との摩擦を避けたい小国外交。
棄権(12か国)
- スペイン:最大の対中豚肉輸出国であり、報復関税の懸念と中国からのEV投資誘致を天秤にかけて棄権。
- ポルトガル、ギリシャ、フィンランド、オーストリア、ルーマニア、クロアチア、ルクセンブルク、キプロス、ベルギー:中立的姿勢を貫く国々。経済的影響と外交バランスの維持を優先。
- スウェーデン、チェコ:報道により評価が分かれるが、投票時点では棄権とみなされているケースが多い。
このように、賛成10、反対5、棄権12という構成で、「特定多数決(QMV)」の規則上、導入が可決されました。
スペインの棄権が意味するもの
スペインの対応は特に注目に値します。同国は中国からのEV・バッテリー分野の投資(CATL、Cheryなど)を積極的に誘致しており、関係悪化を避けたいという意向が強く働いていました。一方で、EUとしての共同行動も無視できず、結果的に「棄権」という中間的選択を行いました。
この判断は、結果としてスペインに戦略的な利益をもたらしました。関税導入後、CATLとステランティスはスペイン・サラゴサに最大41億ユーロを投じるLFPバッテリー工場建設を発表。CheryもバルセロナでのEV生産を計画しており、同国が「投資誘致先」として中国から評価されている可能性があります。
投資と外交が絡み合う新たな秩序
追加関税を巡る中国側の動きも見逃せません。報復関税やWTO提訴をちらつかせつつ、EUと交渉を続けており、「最低輸出価格の設定」などを巡る対話が行われています。
また、中国企業は投資先を選定する際、経済的合理性に加えて「対中友好度(関税への姿勢)」を考慮していると見られており、ポーランド(関税賛成)でのLeapmotor生産計画は中止され、スペインなどへの移転が検討されています。
今後の注目点
EUと中国のEVを巡る関係は、単なる貿易摩擦を超え、産業戦略と外交が複雑に絡み合う段階に突入しています。
- EU内の分断と再編:対中政策での一枚岩は崩れ、加盟国それぞれの利害が顕在化。
- 中国企業の現地化戦略:欧州での生産体制強化が加速し、国別の政治姿勢が影響。
- スペインの今後:経済実利を優先した外交が吉と出るか凶と出るか、重要な試金石となるでしょう。
まとめ:変わりゆくEUと中国の関係
EUによる中国製EVへの追加関税導入は、多くの国の思惑が交錯するなかで実現されました。加盟27か国の賛否が割れたことからも、EUの統一的な対中戦略の難しさが浮き彫りとなりました。
こうしたなか、スペインが示したような「バランス外交」がどのような成果をもたらすのか、今後のEU−中国関係を占ううえで重要なモデルケースとなるでしょう。今後もこの分野の動きから目が離せません。