近年、電気自動車(EV)の普及が急速に進んでいます。その背景には、環境負荷を減らし、脱炭素社会を目指す世界的な動きがあります。しかし、EVの心臓部とも言えるリチウムイオンバッテリーの生産過程については、あまり語られることがありません。特に、中国でのバッテリー生産とその環境負荷を考えると、「EVは本当にクリーンなのか?」という疑問が浮かび上がります。
1. 世界を席巻する中国製EVバッテリー
現在、世界のEVバッテリー市場は中国が圧倒的なシェアを握っています。2023年のデータによると、
- CATL(寧徳時代):世界シェア 約37% で最大手
- BYD(比亜迪):世界シェア 約16% で2位
- 中国企業全体:世界のEVバッテリー市場の 60%以上 を占める
この圧倒的な支配力の背景には、低コストで大量生産できる体制と、中国政府によるEV産業への強力な支援があります。
2. バッテリー生産に必要な膨大な電力
リチウムイオンバッテリーの製造には、大量の電力が必要です。EVバッテリー1kWhを生産するために、約 340~440 kWh の電力が消費されると試算されています。
例えば、Tesla Model Yの75kWhバッテリーを生産するには、
- 340 × 75 = 25,500 kWh
- 440 × 75 = 33,000 kWh
→ 1台分のバッテリー生産に、家庭の年間電力消費量(約3,000~4,000kWh)の約8~10年分の電力が必要
→ 1台分のバッテリー生産電力量は、電気自動車で10万km以上の走行電力量に相当します。
計算
- 1kWhのバッテリー生産に必要な電力 → 約340~440 kWh
- 75kWhのバッテリー生産に必要な電力
= 75 × (340~440) kWh
= 25,500~33,000 kWh
→ 25,500~33,000 kWhの電力が必要
走行距離に換算
- EVの電費を5km/kWhとすると
25,500 kWh × 5 km/kWh = 127,500 km
33,000 kWh × 5 km/kWh = 165,000 km - EVの電費を7km/kWhとすると
25,500 kWh × 7 km/kWh = 178,500 km
33,000 kWh × 7 km/kWh = 231,000 km
この電力がクリーンエネルギーで賄われるなら問題は少ないですが、現実は異なります。
3. 石炭火力が支えるEVバッテリー生産
中国の発電構成を見ると、
- 石炭火力発電:約60%
- 再生可能エネルギー:約30%(水力・風力・太陽光など)
- 原子力:約5%
つまり、中国で生産されるEVバッテリーは、主に石炭火力発電のエネルギーを使って作られているという現実があります。これは、「CO₂排出を減らすためのEV」が、実は大量のCO₂を排出しながら製造されていることを意味します。
4. なぜ世界は中国製バッテリーを使い続けるのか?
このように環境負荷が高いにもかかわらず、世界中のEVメーカーは中国製バッテリーを積極的に採用しています。その理由はシンプルです。
✅ コストが圧倒的に安い ✅ 生産能力が圧倒的に大きい ✅ 政府の補助金により価格競争力が強い
例えば、欧州や米国でバッテリーを生産しようとすると、
- 労働コストが高い
- 環境規制が厳しく、製造コストが増大
- 原材料の確保が難しい
一方、中国では、
- 労働コストが安い
- 環境規制が比較的緩い
- 政府の補助金で競争力がある
この結果、世界のEVメーカーは環境負荷を理解しながらも、経済的合理性から中国製バッテリーを選択しているのです。
5. EVが本当に「カーボンフリー」になるためには?
現在のEV産業は、「EVは環境に優しい」というイメージと、「バッテリー生産の環境負荷が大きい」という現実との間にギャップがあります。これを解決するには、以下の取り組みが必要です。
🔹 バッテリー生産の電力をクリーンエネルギーに
- スウェーデンのNorthvoltのように、水力発電を活用した生産拠点の増加
- ソーラー発電・風力発電を活用した「グリーンファクトリー」の推進
🔹 バッテリーの長寿命化・リサイクル強化
- バッテリーのリユース(電力貯蔵用途など)を進め、新規生産量を減らす
- レアメタルのリサイクル技術の向上
🔹 EVの充電電力を再生可能エネルギーに
- EVが充電する電力も、火力発電ではなくクリーンエネルギーで賄うことが重要
6. まとめ:EVの本当の環境負荷を知るべき時
EVは確かに「走行時にCO₂を排出しない」乗り物ですが、
✅ バッテリーの生産には大量の電力が必要 ✅ 中国製バッテリーの多くは石炭火力発電によるエネルギーで作られている ✅ そのため、現状のEVは完全にクリーンとは言えない
しかし、技術の進歩と再生可能エネルギーの普及により、今後EVの環境負荷は低減されていく可能性があります。消費者としては、「EVだから環境に良い」と思い込むのではなく、その背後にあるエネルギー問題やサプライチェーンの現実を理解し、より持続可能な選択をしていくことが求められています。
EVの未来が本当に環境に優しいものとなるよう、私たちはどのような選択をするべきか——今こそ真剣に考える時ではないでしょうか?
参考サイト
以下のサイトからデータや情報を参照しました。
- International Energy Agency (IEA)
- EV市場の最新動向や、電池製造におけるエネルギー消費量のデータを提供。
- World Economic Forum (WEF)
- EVとカーボンフットプリントに関する最新レポート。
- Statista
- EVバッテリー市場のシェアや生産国別の統計データ。
- China Energy Portal
- 中国の電力構成や石炭火力発電の割合についての最新データ。
- BloombergNEF (BNEF)
- EVバッテリーサプライチェーンや再生可能エネルギーの分析。